23.1.24:今日は大久保篤さんの絵とミュシャの絵を勉強をした。大久保さんはダイナミックな構図と色んなテイストの絵を描いていて、キャラの個性を沢山出したり口癖を作っていて面白いと思った。そして現実離れした独特の世界観が羨ましいと感じた。なにより作者さんが自分のキャラ、作品を愛していることが感じられてそれが1番大事だと思ったし、私もそのキャラ達が愛おしいと感じた。キッド君はアホだ(褒め言葉)

描くのが楽しい、描くのは面白い、自分のキャラが好きで自分の作品を何があっても、どんな状況になろうとも愛し続けるのは絶対的に大事なことで正義であると思うので貫き通したい。

ミュシャは花や曲線、煙、外枠が綺麗だったので体の芯から震えて感動した。

「うわぁ〜〜すげぇ……!すごい!!うちもこうしたい!こうなりたいから今なる!」

って決めたので、『僕らのしぼう動機』2、3話に反映させた。

王女の服の柄がとてもお気に入り!それと、絵は何も正確さが大事なんじゃなくて、綺麗さや気持ちよさ、つまり理屈なしで感覚で描いた方がいいことを思い出した。私は耽美主義者だったわ。

大事なことなのに忘れていた

絵は自由だ。

弱ペダの巻島さんもいってた!!自由だって!

(あの話めちゃくちゃ好き。なにかあるたびに読んでます。

自分を突き通した巻島さんかっこいいです。タマムシのくせに。あれ自己啓発本じゃないんですか??)

そして頭の硬い大人にはなりたくない。永遠に少年でいたい。右脳で作品を創り生きていたい。理屈と理論と左脳死ね!!!!

どうも左脳はね、理屈や論理性をつかさどる器官らしんですよ。(自身の知る範囲だと)子供って感情的で自由で我儘でしょ?それは子供はまだ左脳が発達してなくて右脳有利だからです。けれどもだんだん左脳有利になっていくんです。左脳が発達することによって論理性や理屈、危機管理や行動、感情のブレーキが強くなっていくらしいのですが

んなのクソです。

つまり右脳有利な人は自由で危険に飛び込む勇気のある人だと考えています。多分。間違えていても発言に責任取りません。(・∀・)

そんでもって子供は怖いもの知らず。

なんでかっていうと、その対象が危険だということを知らないから。

経験がないから。

けど年を取ると経験が邪魔をしてくる時がある。そういうときはどうすればいいか。記憶を消すしかないです(無理です)

丸裸になる勇気。嫌われる有機栽培。自分でも何言ってるかわかんねぇや( ゚Д゚)。とりあえず

左脳死ね死ね

人間は感情で動く生き物やーーーー!!!(^∇^)

あれ?なんの話をしていたんだっけ。ああそうそう考えるより感じろ。

あ、そだ!

描いたことないポーズや難しい構図は、下手くそでも勇気を出して沢山描かないといけないということを確信した。最初は下手くそでも、描かなきゃ何も始まらない。技術は後からついてくる。ずっと描いていると、

「あ、私はこう描いちゃってるけど、好きな人や上手い人はこう描くのかぁ。なら私のこういう部分はこの人たちみたいに修正しよう」

ということが体感的に、経験的にわかる。ので下手でもいいし笑われてもいいからとりあえず、描いてみる。自分の絵は少し歪だから完全に好きな人と同じところになるわけではないけれど、その歪さが癖になるし持ち味になると思う

考える暇があったら発明しt……

あ、いや手を動かして♪

あと理論や方法論にあまり縛られないで♪

ていうか持論だけどルールも理論も大嫌い

死ね死ね!!!!!(^∇^)

頭がかたいので感覚よりも正解やルール、理屈を優先しがち。最後は感覚的に好きかどうかで決めればいいのに・・・(ロボカス)

(話題が飛躍しまくっている)

まとめると、何も考えずにとりあえずガッと行動することが大事なのである、ということを胸にみじん切りみたいに刻むことにした。痛い。指標にしないとブレてしまうので。毎日ブレまくってるよ☆